れんしゅうちょう

人生ったらもう、書く練習なんだから。

ブルジョワ批判と少子化

p-shirokuma.hatenadiary.com

 

このブログのエントリを「面白いよー」と知り合いに紹介してもらった。実際僕も興味深く読んでいたんだけど、少し違和感を感じるところがあって、せっかく教えてもらったのだから感想を伝えようと書き始めたら、その違和感について細かく考えざるを得なくなって、結果「だいぶ違う意見持ってたんかい!」というところまで来てしまった。笑 長くなったのでブログ記事としてここに載せるけど、元エントリまで遡るとたぶんかなり長くなることを始めに伝えておく。あとどうでもいいけど、元エントリでは「ブルジュワ」となっているけど僕は「ブルジョワ」を貫くということも伝えておく(書いてから気づいた)。

 

(遡るのが面倒な人のためにかいつまんで言うと)このエントリは、ある匿名の女医さんのブログ記事に対して書かれたものだ(というかそれについて分析したもの)。女医さんのエントリを要約すると、「私は医者のキャリアに疲れた。労働環境・条件や大勢の患者の態度は厳しく、常に120%を要求してくる。このような状況では、恋愛して結婚して出産して子育て、というような(世間が求める)一般的なライフコースは考えられない。職場の雰囲気も産休や育休に協力的ではなく、そもそも多くの医者のキャリアが実質29歳でスタートするので、自由な時間もそれを享受するための社会的・経済的安定性を得るのが遅すぎる。自分は男尊女卑でもミソジニー(女性嫌い)でもないけれど、日本の医療を支えるのは男性医師を増やす以外にないだろう」というもの。

このような悩み(あるいは皮肉混じりの痛烈な批判)に対して、このブログの筆者はより広い見地から現代人の置かれた状況の分析を試みる。その論旨を簡潔にまとめると、「現代社会で規範となっているライフスタイルと生殖という人間の根源的な営みは両立がほとんど不可能になっているのではないか(結婚、出産、子育てという家族軸と男も女もキャリア展開という仕事軸が両立しない)。そしてそれは、そのための社会・経済的条件が達成されるはずもない「ブルジョワ化」が進展しているからだ(だからそんな達成するはずもない「ブルジョワ」は批判すべきだ)」というものだと思う(「ブルジョワ化」が具体的にどういう状況を指すかはエントリを参照)。

 

そしてこのような見立てに対する僕の考えは、現状認識は大筋理解できるが、主張は賛同出来ない(というか主張がよく分からない)、といったところ。

この「ブルジョワ化」論なる議論の前提、つまり現代社会において(女性も働くようになったため)出産・子育てを行うには家庭と仕事の両立という問題に立ち向かわないと行けなくなっていることや、教育コストが増えてきていることが少子化の要因となっていることについては認識が概ね一致する。ただ現代社会といっても先進国間で差はあって、その空間軸での差について(おそらく戦後成長期という、より差の大きい時間軸との比較で)筆者は微々たるものだと捉えているけど、僕はそう思わないというのがまず一点。これは少し後で分かるはず。

 

さて、こうしたライフスタイルと生殖の両立困難性を説明する「ブルジョワ化」という用語についてだけど、とりあえずは「社会上層以外の一般庶民にまで上層階級の行動様式・規範が広がっていく過程」とでも定義出来るだろう*1。そしてこの「ブルジョワ化」に対する僕の考えを一言で言ってしまえば、「ブルジョワ化を批判するのはとても難しい」というもので、その理由はこれが機能的にも価値的にもある程度肯定出来るものではあるからだ。

機能的には、「ブルジョワ化」が人口爆発抑制の大きな要因の一つとなっているからだ。つまり、少子化が現代先進国に共通する課題であるとするなら、より広い歴史スパンで見たとき、その少子化に先行するのは経済発展に伴う人口爆発であるということだ。これは人口学的な傾向で、社会科で習った人口ピラミッドがピラミッド型からつぼ型を通って逆ピラミッド型になっていくアレだけど、ここで意識の転換としての「ブルジョワ化」が働かなかったら、多産小死の状態が続いて少子化云々の前に食い扶持をどうするのかといった意味での人口問題が生じてくる。これは古典的な「マルサスの人口理論」で、経済発展において食糧供給は等差的(2,4,6...)にしか増大しないのに、人口は等比的(2,4,8...)に増大するから食糧問題は避けられない、という問題だけど、世界的に見てより深刻なのは未だに少子化なんかよりこちらの問題だ*2。このマルサスの呪いとも言えるこの傾向から例外的に現代先進国が逃れている理由といえば、(生産力の劇的な拡大をもたらした農業革命ももちろん重要な要因だけど)人々の意識が「ブルジョワ化」して自発的に子どもの数を制限しているからだと言えるだろう。そしてこうした「ブルジョワ化」が進まないなら(つまり人々の意識が「貧乏子だくさん」のままで留まるなら)、中国の一人っ子政策みたいな人口抑制策を打たざるを得なくなるだろうけど、そのような露骨な人口介入政策には嫌悪感を持つ人が多いのではないだろうか。少なくとも僕は嫌だ。

そして価値的に見ても「ブルジョワ化」というのは、言葉の当否はともかく、その内実としては好意的に受け止めざるを得ない部分が多いと思う。というのは、「上層階級の行動様式や規範が社会全体に広がる」という現象の土台には、社会全体の経済・生活水準の向上と、社会階層移動の可能性が不可欠だからだ。特に少子化との関係で言えば後者が重要で、なぜ現代先進国の(特に中流階級と呼ばれる)人々が彼らの数世代前の様に子どもを7人も8人を持たず、たいてい2、3人に留めるのかと言えば、それは元の文章で言われてる通り(金銭的にも非金銭的にも)養育コストがかかるからだけど、それは裏を返せば教育を通じて社会階層を上昇する可能性が開かれているということだ。現場労働者の子が医者になっても良いし、農家の子が大企業の重役になってもいい(もちろんその逆の可能性もある)ということで、これは機会の平等を認めるメリトクラシー(出自ではなく本人の能力をその人が占める社会的地位を決める際の物差しとすること)の理念が、少なくとも理念としては認められていることを意味している。もちろん出自と後天的に獲得される能力を切り離すことは出来ないし、「実態ぜんぜん伴ってないやんけ」という批判は出来るけど、それでも現実へのそうした批判を可能にし、多くの人により望ましいとされる社会への指針となるという意味において、理念は重要な役割を果たしている*3。だって、どれだけ才能があってどれだけ頑張っても付きたい職業にはつけず、また決められた職業内での地位も決まっていて、自分の子どももその道を歩むだけというのであれば、ブルジョワの生活様式(単に別の可能性と言い換えても良い)を志向することも、子どもが少しでも良い人生を送れるよう手間ひまかけようと思う(結果持つ子どもの数を制限する)こともないでしょ?

 

こうして見てくると、そのタイトルとは裏腹に、少子化のみを念頭に「ブルジョワ化」を批判することは、図らずもそれが社会全体の生殖(人口問題)に果たす他の役割、そしてブルジョワ化と裏表の関係にある他の近代的な価値を考慮しないことになってしまう。
これが僕が「ブルジョワ」批判を難しいと思う理由だけど、「ブルジョワ」批判にはもう一つ危うい部分があると思う。それはこの「ブルジョワ」批判が人々のブルジョワ化を対象とした場合、このエントリがそこまで踏み込んでいない点、つまり批判のその具体的な水準や方向性がかなり時代錯誤なものになってしまう可能性が高いからだ。実際、「ブルジョワ化」した人々の意識を批判するのであれば、様々な理由から子どもを持たない選択をした人を責めることも、女性は家庭に専念しろということも、子どもを少なくとも5、6人は産むべしという価値観を押し付けることも、人々の社会階層移動の可能性を否定することも出来るわけだけど、そんなことは自らでっち上げた「伝統的家族」観に固執するウルトラ保守でもなければ不可能に近いだろう*4

もちろん、そんなことは明らかにこの著者が意図する方向性ではないだろうことは理解できる。だからこそ「ブルジョワ化批判(ブルジョワの社会的・経済的条件が伴わないのに規範意識だけはブルジョワ化してしまった人々への批判)」ではなく「ブルジョワ批判(その実現が恐らく不可能にも関わらず人々の理想であり続けるブルジョワという理念そのものへの批判)」なのだろう。しかしこの区別は明確にされておらず、論旨全体がいかに人々のブルジョワ化が進展してきたかについての議論である以上、このようなミスリードは起こっても仕方ないと思う。それに、理念そのものへの批判は展開されておらず、(理念そのものへの批判をすべきではないかという主張が結論)、これが僕がこのエントリに対してアンビバレントな態度をとる理由となっている。つまり人々のブルジョワ化について説明した後に、「悪いのはそんなブルジョワ化を引き起こすブルジョワという理想そのものだ!」と言われても、「(ブルジョワ化批判でなく)ブルジョワ批判の可能性を探すべきという認識は理解出来るけど、それだけだとその批判がブルジョワ化批判に変質しないという保証どころか、そもそもその批判の中身がよく分からん」となってしまう。まぁ、現状認識をクリアにしてくれたことがこのエントリの貢献であり、それ以上(具体的なブルジョワ批判)はないものねだりだと言えばそれまでなんだけど。

 

ただこう見てくると、「理念としてのブルジョワ批判」という大上段で抽象的な理解では、あまり現実への訴求力を持たないのではないかと思えてくる(ぶっちゃけどうしたらいいかよく分からん)。というのは、現実を少しでもより良くするための認識の仕方として、「ブルジョワ」という言葉での切り取り方が適切だとは僕は思わないからだ。

現代の先進国の人口政策(少子化対策)に求められて、かつそれが現実的に採用できるのは、人々が「ブルジョワ」化する以前のように6人も7人も子どもを作ることが規範になること(そしてマルサスの呪いに逆戻りすること)を夢見ることではないはずだ。求められているのは、この女医さんのエントリのように子どもを持つなんて考えられないと思うような人に子どもを持つことを可能にさせる労働条件の整備であったり、財布を見比べながら子どもを我慢している夫婦が子どもを持つことを躊躇う必要がなくなるように子育ての教育コストを(金銭的にも非金銭的にも)軽減して、合計特殊出生率を2強に保つ(回復させる)ことだろう。そうした負担の軽減では、一方では労働環境の整備になるだろうし、もう一方では世帯手当や(保育所を含めた)公教育の拡充といった社会的なバックアップシステムを拡充させることだろう(もちろんこの二つは深く絡み合っている)。

この二つ目は特に、介護や子育てといった、ほとんどの人がライフサイクルのどこかで経験し、現在社会ではその負担が増々重くなっているケアの領域の「社会化」と呼ばれるものだ。そしてケアの「社会化」はブルジョワというタームを必要としないにも関わらず、少子化への対策であるばかりか、ブルジョワの陥とも言うべき弊害を乗り越える試みでもある。それは、「ブルジョワ/非ブルジョワ」という図式で少子化を捉えた時に不可避となる経済・社会的格差の固定化を前提としなくてもよいということだ。こうした労働条件の違い、そしてケアの領域の「社会化」のバリエーションと程度が、先進国間の違いを僕が微々たるものだとは思わないことの背景となっている*5

 

勤勉に働くことが長時間労働とイコールであるわけではないし、医者のキャリアが29歳で始まって産休育休が実質的に取れないことが医者という職業にとって必然性のあることでもない。それはそれぞれの社会の、労使関係や家族政策など様々な要因の絡み合いによって歴史的に形成されてきたものであって、決して「ブルジョワ化の必然的な帰結」といったものではないと僕は思う。であるからこそ、それは日々の職場での営みであったり、労働組合であったり、政治参加であったりといった、様々な具体的で現実的な方法で変革できる余地を生むのだ*6。確かにそれは、大文字の「ブルジョワ批判」よりも根本的でなく、地道で面倒くさく、あまり華々しいものではないけれども。

 

*1:ちなみにこれはそんなに新しい概念ではなくて、ノルベルト・エリアスというドイツの社会学者が描く文明化の理論がまさにこの構図で描かれている。彼は、「文明化の過程」とは、上層階級の行動様式・規範が下層階級にまで広がっていく過程であり、彼の著作「宮廷社会」は、手を洗ったりテーブルマナーであったりという、現代先進国社会ではすごく当たり前だけど細かなことがらの発祥は前近代での「宮廷社会」であることを描き出している。ただ、宮廷とそれを打倒として台頭してきたブルジョワは別物なのであり、そうなると「ブルジョワ化」という概念自体の妥当性や範囲も問われることになってくるけど(そしてそれは厳密性を求めた場合には必要な議論でもあるけど)、脱線しすぎるので割愛。

*2:例えばSF映画のSeven sistersなんかを見るとこうしたパターンの近未来が描かれている。映画自体の個人的な評価としては制作が先進国目線なのと、ここで述べる「ブルジョワ化」の効果(効用)を考慮に入れていないことで片手落ちになっていると思うけど、それを除けばサスペンスありリアリティありのなかなか良い映画だと思う。

*3:教育機会の平等性が形式的に担保されているにも関わらず、実質的に不平等が維持されるメカニズムを明らかすることが戦後フランスで恐らく最も影響力の強かったピエール・ブルデューの一連の著作を貫く一つのテーマだ。ただ教育と格差というテーマについて日本の文脈で言えば、ブルデューの枠組みをそのまま当てはめるよりも苅谷剛彦『大衆教育社会のゆくえ』の方がより説得力が高い(あとこの本は単純に面白い)。

*4:ちなみに現代先進諸国において、こうした「伝統的家族」を固持しようとする保守的な家族政策を取る国々(ドイツや日本が典型)の出生率が軒並み低いことは家族社会学では良く知られている。「家族主義のパラドクス」とも言えるべきもので、簡単に言えば子育てや介護などのライフサイクルで生じる様々な負担を(家族の絆という美名と公的支出の削減という大義の下に)家族に担わせようとする政策が、一番その解体を進めているという皮肉である。

*5:というか、福祉国家論の基本的な枠組みではケアの問題を(すごく大雑把に言ってしまえば)「家族/市場/公共」に三領域で捉えているのに対して、「ブルジョワ/非ブルジョワ」は実質的に「市場/家族」の二領域での把握なので、説明能力が下がるのは当然と言えば当然ではある。こうした様々なタイプの福祉国家について類型化を行ったのがゴスタ・エスピン=アンデルセン『福祉資本主義の三つの世界』であり(だからこの分野では基本文献となっている)、日本的な視点からの入門書としては筒井淳也『仕事と家族』を挙げられる。

*6:もちろん、徳の厚い温情主義的な経営者や優秀な政治家や官僚がこういった改革を主導する可能性もあるだろうけど。ただ、そうした人々と自分が違う立場に属しているのであれば、その人々と利害が完全に一致することなどないということは知っておいた方が良い。

日本がグループリーグでスペインと対戦してたかもだって!?

W杯が開幕しましたな。といっても僕はサッカーはど素人なので、W杯はちょこっとテレビで見てわーわー言うくらいやけど。

 

まぁそんなレベルだからサッカーのゲーム自体には何も書くことはないんだけど(選手も良く分からん)、そんなミーハーなアナタでもW杯をバーで見ながら隣にいる男女諸兄をナンパするきっかけになる話のネタがありましたよ。これで恋愛をサッカーに例えて「このタイミングは中盤でボールをキープや」、「今日のコンパでは俺がクロスあげるからお前がゴール決めてくれ」などという恋愛偏差値(と文字通りの偏差値)の低い会話をしなくても済む訳ですね。実にありがたい!

 

という訳で本題、「本当だとGL(グループリーグ)で日本はスペインと対戦してたかもよ」、という撒き餌から始まるそれなりに知的な会話。ちなみに元ネタはこれ


Coupe du monde 2018 : comment tricher au tirage au sort grâce à une formule mathématique

 

というかこの記事ほぼこれの紹介。でもこのLe mondeの数学とか統計を駆使したW杯小ネタ集めっちゃおもろいんよなー。他にも、なんでサッカー選手はあんなにシュミレーション(反則されたフリ)すんのかとか、PKでなんで上狙った方が統計的には決まる確率高いのに下に蹴ってしまうのはなぜか、とかあった。

 

さて今回のW杯、GLのB組で優勝候補の一つスペインはこれまた優勝候補のポルトガルと対戦したわけですが、そもそもなんでGLからこの二カ国の対戦なんていう事態になったのか?

A、スペイン(とポルトガル)のくじ運が悪かったから

 

…ということでは必ずしもないんですね!!

 

知ってる人には蛇足だけど、そもそもW杯の対戦方式は、本戦に進んだ32チームがGLで4チームずつ8つのグループに分かれて総当たりし、上位2チーム(×8グループ=16チーム)がその次のトーナメントに進める、という仕組みだ。

その時にグループリーグで強国ばっかりが固まらないよう、本戦に進んだ国でFIFAランクの上位7国(+開催国)、上位8~15位、以下…というように4ブロックをつくって、それぞれのブロックから一カ国づつクジを引いてGLの組を作るようになってるいると。

 

そこで今回のポルトガル対スペインで考えると、あんな強いくせにスペインが第二ブロックに入ってたのが悪い!ということになる。

…じゃあなんでスペインが第二ブロックに入らなければいけなかったかというと、それはその時にスペインのFIFAランクでは上位7カ国に入れなかったから。

…じゃあ仕方がない?いえいえ、実はFIFAランクの算出方法自体に問題があったわけですな。まずそれがどういう算出方法かというと、

 

結果の勝ち点(M)×対戦国のFIFAランク(T)×大陸別連盟(C)×試合の重要度(I)=試合毎の獲得ポイント(P)

 

ここで分かりにくい後者二つを補足しとくと、大陸別連盟ってのは対戦国が南米かヨーロッパかそれ以外(アジアとか)かで係数が変わってくるという話で(ちなみに係数は順に1.00、0.99、0.85)、試合の重要度は親善試合とか地域予選とか、W杯本戦とかいった試合の重要度によってこれまた係数が変わってくるという話。

そしてFIFAランクはこの獲得ポイントについて、過去4年を12ヶ月毎の4つに分け、それぞれの期間で平均値を出し、それらが直近の12ヶ月から100%、50%、30%、20%の割合で計算されて算出される(つまり4年経つとポイントは失効する)。

 

つまりW杯本戦のGLを決めるクジの際のFIFAランクは、クジ以前の12ヶ月間の獲得ポイントの平均点が100%で割合で最も加味されることになるんだけど、ここに大きな穴がある。

というのも、平均点を出すというのは「期間内に行われた全試合の獲得ポイントの合計÷試合数」ということなのだけど、そもそも試合毎の重要度係数が異なるのだから、単純に試合数で割ると重要でない試合(典型は親善試合)を多くしている方が不利になる。

Le mondeの例えでいうと、最高でも10点満点にしかならないテスト(親善試合)と、20点満点のテスト(W杯予選)の平均値を出したら、最高15点という何の意味もない数字が出てくるだけだ。

そしてテストだと受けない選択肢はほぼないが、親善試合だと行わないという選択肢がある(結果テストの平均値は20点になる)。そしてLe mondeによるとその選択肢を行ったのが…ポーランドだというわけ。

 

というのも、クジ引き時のFIFAランクが決まる直近の12ヶ月で、ポーランドが親善試合を一回しか行っていないらしい。対してスペインは3試合。そしてくじ引き後にポーランドは親善試合を6回行い、一時はスペインよりランク下になっている。そうやってポーランドは第一ブロックに滑り込み、GLでは全部格下との対戦になって、スペインはGLからいきなりポルトガルと対戦することになると。かつGLの順位が次のトーナメントの組み合わせにつながっていく…ポーランド恐るべし。

 

というのが「ポーランドがこの戦略を採用してなかったらスペインが第一ブロックに来てGLで日本と対戦してたかも」という話のカラクリなんだけど、まぁ日本の立場で言えば正直ポーランドが来ようがスペインが来ようがどっちも勝ち目ないので関係ねー。それにこの戦略を採用出来るほどのランクでもないのでさらに関係ねー(採用したところで第3ブロックに滑り込みがせいぜいでしょう)。

 

あとさすがにFIFA側もこの算出方法の問題に気づいたらしく、最近計算式を変えたらしいので(どうなったかは知らん)、これは過去の話になるかもらしい。

もう一つ余談で言えば、上の話のロジックでいうと親善試合というのは勝っても大したポイントにならんどころか時期によってはお荷物、ということだけど、連盟&主催側にはかなり大きい収入源になるらしい。そうした金銭面の利益+経験値としての練習試合というメリットと、FIFAランク下げるデメリットを天秤にかけて…ということでしょうか。

 

 

〈OUT〉の前の周辺 書評:桐野夏生『OUT』、1997年

 

OUT 上 (講談社文庫 き 32-3)

OUT 上 (講談社文庫 き 32-3)

 
OUT 下 (講談社文庫 き 32-4)

OUT 下 (講談社文庫 き 32-4)

 

 

本作は小説家、桐野夏生の出世作であり、日本推理作家協会賞を受賞していることからも伺えるように良質のサスペンス作品である。といいたいところなのだけれど、そもそも私は普段小説を読まないし、さらにはその中で特に推理小説を好む訳でもないので、本作を推理小説という視点から論じるのは気が引ける。その代わり、読んでいてあることが気になったのでそのことについて書きたいと思う。

 

前置きとして、全体の話の流れはこんな感じだ。40歳過ぎの主人公で、夫と年頃の息子を持つ香取夏子は、信金の経理の仕事を会社の圧力で辞めることになった後、他に仕事が見つからなかったという理由で(しかし本当は家族との関わりに疲れたという理由で)、今は深夜の弁当工場でパートタイムとして働いている。寝たきりの義母と高校生の娘の面倒を一人で見る寡婦のヨシエ、内縁の夫と共に住みながら激しい浪費癖のため常に借金の返済におわれている邦子、夫と共に小さい二人の子供を育てつつも見た目はまだ美しい弥生の三人と夏子は、弁当工場でいつも一緒に作業を分担する良き仕事仲間だ。公式に編成されたチームではないけれど、工場で共に行動し、作業ラインのなるべくいいポジションをとってあげたり、互いの調子を見て役割を分担したり、何より勤務の前後に仕事の愚痴や他愛ない日常の会話を出来る4人はそれぞれにとって、弁当工場でのつらい労働を緩和してくれる大切な仲間である。

 

その内の一人、弥生は近頃、夫健司との仲が険悪である。健司は仕事が終わっても家には寄り付かず、上海クラブと違法バカラにハマり、新居のためにと夫婦で必死にためた500万円の貯金をすべて使ってしまう。そのことを知らされた弥生は激昂するも、逆に健司に暴力を振るわれてしまう。健司に対して 深い憎悪を抱いた弥生は、翌日、それ自体は本当にふとした言動をきっかけに健司を殺してしまう。我に帰った弥生は夏子に助けを求め、面倒見のいい夏子はそれを承諾してしまう。証拠隠滅のため死体をバラバラにして捨てることにした夏子は、金に困るヨシエを引き込むが、ひょんなことから邦子もそこに巻き込まれ、4人は共犯となる。

 

死体は、処理を面倒がった邦子が自分の担当したパーツを公園のゴミ箱に捨てたことから足がつき、殺人事件として世に知れ渡るも、死体の解体中自宅待機をしていた弥生はアリバイがあり、かつ健司が行方不明前に一悶着を起こしていた上海クラブと違法バカラのオーナー、佐竹は殺人の前科持ちだったために刑事の目は自然とそちらに向く。ここから過去の殺人が明るみに出たことによりクラブもバカラも失った佐竹、邦子の借金取りで邦子と弥生の関係になにかを嗅ぎ取った十文字、などといった人々が事件に関わってきて、夏子ら4人は、ある時は事件の嫌疑から逃れるため、ある時は金のために更なる泥沼にはまっていく。

 

こうして平凡な主婦であったはずの夏子ら4人は、精神的にも社会的にも、そして 半ば自主的で半ば強制的に、どんどん社会から〈OUT〉していくのである…というのが基本的な小説のプロットなのだが、ここで私が気になったのは、「〈OUT〉する以前に彼女たちは既に社会の周辺にいなかったか?」ということである。周辺、というのは、彼女たちが置かれた立場は、それぞれ異なるとはいえ、どれも自分一人で自立するには難しく、かつそうした社会の構造的な歪みを受けて鬱屈した日々を送らざるを得ない状況に置かれているということである。深夜の弁当工場は、そうした主婦たちや、この作品ではカズオに代表される日系ブラジル人移民労働者が集まる社会の周辺をその縮図として表していて、その描写は彼らが従事する作業自体の詳しい描写と相まって、そこに集まる彼らのやりきれなさがひしひしと伝わってくるようである。

 

彼女たちがそもそも社会の周辺に位置している、ということの証左として、例えばこの小説に 、誰一人として世間的な意味で普通の職業につき、それだけでやっていけるほどの収入を得ている女性は一人も出てこない。唯一の例外は信金に勤めていた頃の夏子くらいだが、その夏子にも同期入社の男性社員との間に200万円ほどにもなる給与格差が存在し、それを指摘するような夏子の公平感は社内から疎まれ、結局それは受け入れられない転勤の指示によって退職を半ば強要されることに繋がっている。そして夏子以外の三人にとってはそんな給与格差のある正社員ですら夢のまた夢であり、自分以外に引き受け手がいない育児や介護と両立でき、さらに昼間よりはいくぶん割のいい深夜のパートタイム労働が、考えうる限り最良の選択肢となっている。そのパートタイムの仕事でさえ、夫の収入がなければワーキングプアとして生きていかざるを得ない程度のものなのは明らかであり、それは寡婦であるヨシエの生活を通して描写される。浪費癖が強く自己中心的、そのくせ出来る限り他人を利用して生きたい、といった人物的には全く同情するところのない邦子にしてもこの条件は変わらない。作中で内縁の夫に逃げられた邦子は、借金に首が回らなくなってなりふり構わない行動を起こしていくのだが、その借金ですら40万円程度という、一般的な男性サラリーマンであれば、なりふり構わなくなるには「たかがそれくらいで」と言いたくなるような額である。しかし内縁の夫を失い、自身はパートタイマーである邦子にはその程度の借金を返すあてもないのだ。手っ取り早い方法を好む邦子は、とりたてて能力もない自分が大金を稼ぐ職業として風俗をも幾度か考えるが、容姿にコンプレックスを持つ邦子にはその道すらも用意されていない。

 

平凡な主婦というのは、「主婦」である限り平凡でいられるということなのだ、とこの作品を読むと思わせられる。だからこそ、彼女たち4人が事件をきっかけに社会からOutingしていく時、つまり彼女たちが社会的な平凡さを失っていく時、彼女たちは主婦ではなくなっていくし(もちろんヨシエは始めから寡婦ではあるのだけれど)、そうした状況が、始めは半ば強制的に、しかしもう一方では徐々に、やりきれない現状からの離脱、自由を求める彼女たちの意思となって主体的に選び取られてゆくのである。そして私たちは、そのことに対して彼女たちとともにある種の爽快感を抱くのである。この爽快感はしかし、周辺部での鬱屈の裏返しなのである。その結果が幸か不幸かは、またそれぞれの状況いかんによって変わってくるのだけれど、この作品が彼女の内の誰にも大したハッピーエンドを用意していない(とはいっても一人を除いて完全なバッドエンドである訳でもない)、ということは〈OUT〉の意味のなにがしかを物語っているように私には思われる。

 

さらにいえば本作品の内部に、彼女たちの置かれるこうした状況が、社会の構造の歪みによって引き起こされる困難であるという視点が全く出てこないのも興味深い。もちろん作者の桐野はそうした視点を持っていたであろうし、だからこそこうした設定を選んだのであろうが、本作に出てくる登場人物にはそのような考えを持つ人物は一人もおらず、そして こうした問題意識がないこと自体がごく自然に描かれている。作中で最も頭が切れ、男性との賃金格差を不公平と思う夏子でさえ、 そのことと自分を含めた主婦たちが深夜の弁当工場でパートタイム労働に従事していることが地続きの問題であるとは考えないし、自らも家庭では「主婦」として、家事の一切を自分一人で疑問も持つことなく引き受けるのである。週五日、時間としてはほぼフルタイムで働く彼女たちが語の厳密な意味において「パートタイマー」であり「主婦」なのか、などと問う人物はこの作品には出てこない。

 

1997年の刊行から20年が経って、夏子たちを取り巻く状況は変わったのだろうかという疑問が読後感として浮かんでくる。様々な制度や法律が施行されたとはいえ、彼女たちを取り巻く状況の基本的なラインはそれほど好転していないのではないかと思われる*1それでも私はこの20年の間に、少なくともこの本を読む私たちのまなざしが、彼女たちの置かれた状況に対して、それを他人事として我が身の安寧に胸をなで下ろしたり、あるいは仕方のない困難だと同情したりするのではなく、これは社会的な構造の歪みなのだ、と気づくことの出来るまなざしになったのではないかと、多少の願いを込めつつ思っている。

 

 

*1:状況が好転していない理由を一言で言えば、現状では「男性稼ぎ手モデル」の働き方自体が維持され続け、男女平等はこの働き方を女性も受け入れることでしか達成されないから、となる。その点についての知識は、古くは熊沢誠『女性労働と企業社会』、最近では筒井淳也『仕事と家族』、あるいは濱口桂一郎『働く女子の運命』などに詳しい。

ヴェネチア探訪:三日目

三日目の午前は教会に行った。ヴェネチアには街の人口に不釣り合いではないかと思うほど教会があり、その一つ一つも立派なものだった。そのうち実際に訪れたのはサン・ジョルジョ・マッジョーレという教会だったのだけれど、ここも立派な造りをしていて、一緒に訪れたフランス人の友達が「教会って椅子で埋め尽くされてるのが普通だと思ってたけどここは違うね。」というほどであった。もちろん、教会が建造された当時は街の人口も教会の規模に見合うものだったのかも知れない*1。ちなみにこのサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会(噛みそうな名前だ)には高台があって、そこからヴェネチアの眺めが一望出来て凄く爽快なのだけれども、考えてみれば教会に高台って必要なのだろうか。むしろこれは港町としての要請を、それを担うだけの経済的・権力的余裕があった教会が引き受けた、と考えた方が良さそうな気がした。そうなるとますます中世における商業港町としてのヴェネチアと教会との関係が気になってくるけれど、これ以上は仮説が重なりすぎて推論というよりほぼ妄想になるのでやめておく。

 

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  • あんまり椅子で埋まっていない教会

 

 

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  • 高台から観たヴェネチア

 

 

午後はMurano(日本人の名字みたいな名前だ)という中心の島から少し離れた小島に行ってみる。ガラス細工などの工芸品が有名な島らしく、軒を連ねる店はほとんどが工芸品関連だった。工芸品はきれいなものも多く眺めるのも楽しかったけれど(というか買うお金はないので眺めることしか出来ない)、ここまで店がたくさんあるとさすがに「採算取れているのかしら」という気になった。

 

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  • 土産物屋が軒を連ねるMuranoの町並み

 

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  • 日本製のスクリュー(よな?) を搭載した船が多かった。

 

 

ここまで三日間歩き倒して、ふと「凄く奇麗で素敵な街だけど、でもここには住みたいかと言われると疑問やな」と思ってしまった。活気がない訳ではない。年中観光客で賑わっているみたいだし、この時期のヴェネチア・カーニバルなんかは人ごみをかき分けて歩くのも大変だ。ではなぜ住みたくないと思ってしまうのか、その理由を上手く言語化出来なくて、友達に「ここに住みたい?」と聞いてみると「正直に言うとノーね。この街にはダイナミズムがないわ。」と返ってきた。実に的を射た答えだった。そう、この街にダイナミズムを感じないのだ。ここで、「活気があるのにダイナミズムを感じない」という不思議な感覚は、僕が考えた所によれば、おそらく「ヴェネチアという観光地」という性格に由来する。つまり、その街の戦略として伝統なるものを保全し、その伝統を外来の人々が消費することによって成り立つこの街は、自ら革新的なものを生産することがほとんどない。それが、表通りは凄く賑わっている一方で、ひとたび裏通りに入れば閑散としていることも少なくなく、空き家らしき住居が散見され、別荘を持つことはあっても本拠として住み着くことはほとんどなく、この街に子供や若者をあまり見かけない理由なのだろう*2これは近代が始まってからずっと、多くの地方(あるいは地方都市)が抱えてきた問題だと思う。そのような場所には、ダイナミズムという刺激を求める現代のほとんどの人々、とくに若者は、束の間の休暇に骨を休めにくるか、ダイナミズムそのものに疲れてドロップアウトするか、老後の余生を田舎でのんびり暮らしたいか(まぁこれも前の理由とほぼ被っている)というような理由でしか訪れ、暮らすことはないだろう。そういった意味で、ヴェネチアはおそらく限りなく地方に近い地方都市だろう。だから地方都市、そして中央への人口の流出が止まらない*3。現代においてその事に自覚的な人々は、あるいは可能な限り定常的な社会(地方循環型経済など)を志向し、あるいは地方都市にもダイナミズムを作り出そうとする。交通・輸送手段と情報通信技術の発達はそれを可能にする。それがどこまでの射程を持った動きか、そもそもどのような動きとして解すればいいものなのかは、僕にはまぁ正直まだよう分からんという感じだ。

ただ同時に、そもそもこのどうしようもなくダイナミズムを求めてしまう感覚は一種の近代的な病だと言うことも出来る。出来るけれど、一度この感覚を内在化させてしまった個人は、それを諦めるのでない限り、それを自覚的に折衷させていく方向でしかコントロールすることは出来ないように思う。これがオルタナティブと呼べるものかどうかは分からないし、それ以外のオルタナティブを見いだせないのは、おそらく僕自身がそのような個人だからである。

 

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・少し閑散としたMuranoの裏通り

 

変に話が抽象じみてしまった。まぁとにかく、そんな感じでヴェネチアを楽しみ(面倒くさい楽しみ方だ)、出発時刻が迫る中で三日連続となるフリッテッレを食べ、帰って来てからも二、三日くらいの後遺症となった船の揺れを感じながら、ヴェネチアを後にしたのでした。めでたしめでたし。

 

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  • 夕日の沈むヴェネチア

 

 

P.S

観光社会学、面白そうだ。観光地における伝統の創出、維持。人口および経済構造の変遷。中央—地方モデルにおける観光地の位置というラインが特に興味関心に沿うような気がする。学部生の時にも一度、そんなことを扱っているゼミの夏合宿にだけ(ゼミには所属せず夏合宿にだけ。笑)参加して岐阜の郡上八幡にいった事があって、その時も面白いと思ったけどやっぱ面白いな。機会があったら一度集中的に勉強してみよう。うん、これはたぶん当分勉強しない流れだ。笑

 

*1:Wikipediaによれば、1566年から1610年にかけて建造されたらしい。

*2:ただ本島には大学もあるので、それなりに若者も散見される。しかし、住居の数に比べての街の人口やその人口比においての若者の割合は、相当少ないのではないかと思われる。

*3:現実的な理由としては、観光地化が進むことによる地価の高騰、土地規制による開発の自由度の低さ、などで郊外へ人口は流出しているらしい(友達の卒論)。

ヴェネチア探訪:二日目

二日目は本当に街を歩き倒した。ヴェネチア・カーニバルは仮装コンテストとか、仮装した一団によるパレードとかもあるのだけれど、それ以外は自由に仮装して好きに街を練り歩けばいいカーニバルなようらしく、本当にそれぞれ好きに仮装している。そして僕も含めて溢れんばかりの観光客がその人たちを写真に撮っている。

 

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  • 仮装したり踊ったりする人々

 

 

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  • 仮装させられる子供(何かのCMで見たような写真やな)

 

それにしても誰が仮装しているのか。マスクくらいは多くの観光客もするけど、ガッツリ全身着飾るにはそれ相応の知識や準備が必要だろう。何人かに聞いたところによると地元の人と、毎年カーニバルのためにやってくる各地のブルジョワな人々らしい。なるほど、仮面と衣装の隙間から見える肌年齢や体格、身のこなしから察するに中年~初老の人が多い。そしてこの祭りの時期には、本家本元の仮装社交パーティが毎晩どこかで開かれているらしい。なんて怪しさ満点なパーティなんだ。実に潜り込んでみたかった。

ところで、ブルジョワな方々はおそらくヴェネチアにアパートや別荘を持っているらしい。それに気づいたのは、中心広場からほど近い海外高級ブランドの店が立ち並ぶ通りを見たときだった。それまでにもメイン通りでちらほら衣料品店や家具屋が土産屋と並んでいるのを目にしていて、「なんで購買層のメインが観光客の通りに家具屋とか服屋があるんやろ」と思っていたのだけど、なるほどこれはそういう人々が買いにくる店だったのだということにここで気がついた。僕からしてみれば、わざわざヴェネチアで(イタリアのブランドならともかく)フランスやアメリカの高級ブランドの家具や衣類を買う理由がよく分からなかったのだけど、彼らが自分のアパートを持っていてその部屋用のブランド店なのだとしたらその存在にも納得がいく。さらにこの通りを、これだけ街としての独自性・ブランド力を持つヴェネチアですらそのヴェネチアという文脈を離れたグローバルな高級ブランドというシンボルを志向してしまう現代の富裕層におけるメンタリティの現れと見るならば、それは現代社会における一つの示唆的な現象ではあるのかもしれない。まぁこれは推論と偏見の狭間のような話だ。

 

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  • 高級下着店。写真撮ってたら変な目で見られた。当然か。

 

ヴェネチアには生活臭さを感じさせるものがほとんどなかった。少なくとも、それらは観光客の目に触れる範囲には置かないようにされていた。スーパーマッケットも、二日間歩いて街の中心から少し離れた場所に小・中規模なものが2,3つあっただけだし、コインランドリーや不動産屋なんかもほとんど見当たらなかった。徹底されていると言えば徹底されているし、日常が見えないという意味では若干の薄気味悪さも感じた。車がないので運搬はリヤカーで行われていて、それが店の規模に影響しているのかもしれない、なので小さな雑料店は比較的たくさんあった。

 

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  • リヤカー

 

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  • このカーニバルの時期限定のお菓子らしいフリッテッレ。ラム酒が入っていて美味しい。

 

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  • 昼に食べたボロネーゼのニョッキ

ヴェネチアにおける日本人観光客の比率はおそらくだいぶ高い。日本語の看板を掲げる店も多くあったし、大学の選択外国語で日本語が人気だというレストランの店員さんの話は、それだけ実用性があるということの印でもあるだろう。

 

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・街の注意書き:欧州五言語の次に日本語とは、今までどれだけの日本人が訪れて来たのだろうか*1

 

 

*1:実際、ヴェネチアに訪れる国籍別観光客の中で日本人が占める割合は、4.7%と中国人と並んで第5位らしい(友達の卒論)。5年後くらいには中国語の看板も出来てそうだ。

ヴェネチア探訪~一日目~

2015年2月7日~9日(移動も含めると6日夜~10日朝)にかけて、イタリアのヴェネチアに行って来たのでその事を書きます。

※始めに文章書いた後に、ヴェネチアに一年留学した学部時代の友達が卒論もヴェネチアについて扱っていて、それを貰えたので楽しく読ませてもらいました。この文章の事実誤認も多々あったので、そこらへんは注で適宜訂正しています(「友達の卒論」ってのがそれ。ちなみにそもそも僕の情報源それとWikipediaしかない。笑)。んー、ちゃんと資料に当たるってステキ。てことで、僕と同じ学部・学年の子でヴェネチアについて知りたくなったらあのイタリアガールへGO!少なくともこの文章よりちゃんとしてて面白いで。笑




終盤何度か同じ道を行き来して多くの乗客に、「これは少し道に迷っているな」と思わせた夜行バスを降りて、駅から電車に乗り、ヴェネチアの主要駅サンタルチア駅に着いて降りると、もう目の前が川だった。恥ずかしながら、ヴェネチアについて何も知らずに、そして何も調べずに来たので(wikipediaすら見ずに来た)、ヴェネチアが島だと言うことも、川に囲まれていると言うことも知らなかった。ヴェネチアについて知っていることと言えば、シェークスピアの「ヴェニスの商人」という本の名前と、その中でユダヤ人商人が非常に意地悪く描かれているという事と、そこから中世は港町として非常に栄えたらしい、という事くらいだった。僕にとって港町のイメージは神戸、福岡(船で行ったことがあるから)、マルセイユなので、まさか港町が島だとは思わなかったのである。

 

ヴェネチアの主要な交通機関は船だった。主要駅であるサンタルチア駅には一応バス停と、少し離れた場所まで直線的に往復するモノレールがあるのだけれど、中心部へ行くともう船で川沿いや対岸、あるいは離れた島に行き来するというのが主だった。そしてそこではもうバスは見受けられなかった。主要駅にあったバス停のバス(複数あった)はどのような路線網を形成しているのだろうかと、ヴェネチアでの公共交通手段が船であるということを知った後に改めて気になった。あるいは、私が訪れてうろついていたのがヴェネチアの中でも特に観光地部分であるだけで、他では普通にバスや車が走っている可能性はあるけれど。

ヴェネチアの中心部は島の中心部を流れる大きな運河と、周囲の海とその運河をつなぐ無数の小川、そしてそれら小川に架かる大小様々な橋や、所狭しと建てられた建造物、その建造物の間を走る小径、小径同士がぶつかる広場、というような作りをしている。

車やバス、鉄道が走っていないことは、おそらくヴェネチアの独特な雰囲気を演出するのに一役買っている。排気ガスや騒音を感じない静かで落ち着いた街の印象、そして伝統的な町並みとの相互作用でもって、人はそのような近代的な乗り物が存在する以前の時代にタイムスリップしたかのような感覚を覚える。街の中心部には蟻の巣のように大小さまざまな小径が通っていて、そのような小径に少し入れば人々の会話も聞こえてこないひんやりとした街の空気を感じることも出来る。そのような雰囲気のもと中世以来の建築物や街の至る所に架かる橋は、季節や天気や気温、時間帯、そしてそれらの変化による光の射し込み具合、あるいは見る角度によって様々に表情を変える。このように様々に表情を変えてくれるからこそ、複雑に入り組んだ小径は私たちのささやかな探検心をくすぐり、架かる橋は町並みを堪能するために私たちを立ち止まらせ、突然開けた視界の眼前に広がる広場で人々は交差し、そして次の小径がまた私たちを誘う。ゆっくりと流れる時間と均質的ではない数々の空間は、紛れもなくヴェネチアの豊かさの一つであるように思われる。

 

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・ヴェネチアの町並み

 

このような意味でヴェネチアは絵になる。絵になるのだけれど、そのように街を描写することはこの程度に留めておく。第一にそれは僕の得意とすることではないし(前段落はかなり無理をした)、第二に僕の興味関心はむしろ、そのような街の雰囲気や構造が人々の暮らしにとってどのような役割を持っているのか、あるいは逆にこのような街が人々によってどのように形成・維持・変化させられて来たのか(行くのか)という人と街の相互作用にあるからだ。といっても、知識が非常に限られているので、分析したりヴェネチアを論じたりというより、むしろ今後知りたいことをいくつか見つけてきた、というような文章にはなるのだけれど。

 

交通手段がほぼ船に限られているといっても、車や鉄道が出現する前は海上輸送が運搬において一回に運べる量・遠隔地への配達速度の両方において最も優れた手段であったのだから*1近代以前にはそれは街にとって落ち着きではなく活気の源だったはずである。この中世における経済的要衝としてのヴェネチアから現代における観光地としてのヴェネチアに至るまでにどのような変遷があったのか、ヴェネチアが衰退した直接的な要因はバスコ・ダ・ガマの喜望岬ルートの発見による港町としての地位低下と、オスマン帝国の侵攻、それにイタリア国内の政治情勢の悪化ということらしいけれど(wikipediaでいま調べた)、海路の覇権から海路と陸路の分業化という、輸送手段の変化とその影響に着目してヴェネチアの歴史を考えてみても面白いかも知れない。

その船も今では、主な交通手段としての水上船(市バスみたいに路線とかダイヤとかのシステムに則って運行している)と、観光客のための手漕ぎボートと、たまに散見されるヴェネチア向け日用品や食料を載せた小さな貨物船しか見られない(このような貨物船もお祭りシーズンだったからかほとんど見られなかった)*2水上船はスクリュー付きの船だったのだけれども、こんなスクリュー付きの船が登場する前は手漕ぎだったのだろうかと気になった。対岸同士は見える距離とはいえ、近いところでも100mくらいはある感じなので、毎度人力で行き来するのはしんどそうだ。船のチケットを見ると、「since1963」と書いてあるので、船で毎日ダイヤ通りに対岸を行き来するこのサービスが始まったのはおそらく50年前からだということになる。その以前はどうなっていたかが気になったのだけれど、イタリア語が話せないので結局聞けずじまいで終わってしまった(今から思えば英語ででも聞けば良かった)。

 

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  • 水上船待合室。上の黄色い広告は、アラビア語圏への送金を請け負う会社の広告で、すべての待合室の上部がこんな感じだった。実際、街ではムスリム系っぽい人々が開く露店も街でよく見かけた。

  

中心部は前述したような雰囲気に満ちていて、結局3日間かなり歩いたのだけれども全然飽きなかった。観光地中の観光地なのだけれども、僕も一緒に行動した友達もあまりキッチリとプランが組み立てられすぎた旅行を好まなかったので、実に適当に歩き倒した。あまりに観光地化されたカフェやレストランは値段も高いし*3観光客しかいなくて観るものに欠けるので(ただ見方を変えれば観光客を通してのヴェネチアを見ることも出来るので、必ずしも面白みがない訳ではない)、地元の人が行くような気軽なカフェでもないものかと道行く人に聞いたら、「完全にローカルな店なんかここにはないわ。地元の人だけでやっていけるほど私たちの人口は足りてないもの。」と言われてしまった。このとき僕は正直、痛いところを突かれたな、と思った。僕は前述したような興味関心から、基本的にどこに行ってもローカルに紛れたい志向が強いのだけど、それは観光地という街の性格と(完全に両立不可能でないにしても)折り合いが悪い志向なのだと思った。

つまり、街の表層を流動して行く観光客に経済的に大きく依存する観光地という街は、この観光客も含めて一つの街を形成しているのであって、この観光客に合わせて作られた「ヴェネチア」やその「伝統」がいかに表層的なもの、あまりに作られすぎていると違和感を覚えるものに見えても(僕に取って一番しっくりくる大阪弁で言えば、「いかにコテコテなものに見えても」)、そこから切り離されたローカル性を求めても、それは単にそのような一つの観光のあり方として回収されてしまうものなのだろう。つまり僕が求めていたような深層なんかない。そこにあるのは、表層(伝統、観光客、観光地)−深層(表向きの伝統なるものも演じつつ、必ずしも娯楽性に満ちたものとは限らない単純な生活様式としての伝統を生きる地元の人々)という垂直的な関係ではなく*4束の間の非日常を謳歌する観光客と、その彼らにとっての非日常をも含む日常を生きるそこに住む人々の相互的関係を、一つの全体として体現する街があるに過ぎない。従って、もし僕の興味関心がその街とその街に生きる人々を理解することにあるのであれば、考察すべきは存在するはずのない「観光客から切り離されたローカルなヴェネチアの部分」ではなく、「そのような観光客をもその街の性格に不可避的に組み込まざるを得ないヴェネチアという街そのもの」ということになるのだろう*5

 

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  • レベル高すぎたヴェネチアのユースホステル

 

 

*1:現代でも交易手段としての海運のこの強みは重要なものだけれど、他の輸送手段がない時代においては現代から考えれば近い距離・あるいは小規模な貨物でも船で運んでいたに違いない。

*2:2015年1月から(つまり訪れるつい1ヶ月前)、環境面への配慮から大型客船の乗り入れが規制されたようです(友達の卒論)。規制させる前に訪れていたら、また受ける印象変わってたんだろうな。

*3:例えばヴェネチアには世界で一店舗目らしいカフェがあるらしいのだけど、看板を見るとコーヒー一杯が6,7ユーロもしていた。にもかかわらず観光客で溢れていた。ブルジョワめアホ。笑

*4:もちろん、旅行者の主観的な感覚としてはあるだろうけれど(少なくとも僕にはある)、ここで言いたいのは観光地という街の性格である。

*5:実際ヴェネチアにとって洪水のように押し寄せる観光客問題は深刻らしい。友達の卒論のテーマもそれだった。彼女が「もはやディズニーランド」と喩えていた ので「上手いコト言うな」と思っていたら、本当に「ヴェネチアランド」計画なるものが揶揄も含めて存在するらしい(友達の卒論)。

散髪をする。

私はフランスに来てから、自分で髪の毛を切っている。

セルフカットというやつである。

 

コトの始まりはこうであった。

フランスに来るにあたって、散髪は一つの(といっても大したものではないけれど)懸念であった。

私は日本では色気付きだした中学生の頃からずっと美容室で散髪をし、時には染髪をし、時にはパーマをかけ、ぼんやりした薄い顔立ちを髪型でカバーしてきたといっても過言ではないカット人生を歩んでいた。

行きつけの美容師さんは中学から10年間通っただけあって、私の「○○な感じで」という適当なオーダーにもド真ん中で答えてくれるほど私の髪を熟知してくれていた。スマホアプリのぷよぷよでその美容室のスタッフで形成されているチームに誘われるほど気心の知れた仲だった。

フランスではそんな適当なオーダー通んないだろうな、という不安と共に一つの噂話が私の頭をもたげていた。

 

「知り合いが海外で髪の毛切ったらビートルズみたいになったらしいで。」

 

いつどこで誰から聞いたかも分からないもだが、内容だけ覚えていたのである。

常識的に考えれば、海外ってどの国やねんってなるし、いつの時代の話やねんってなるし、そもそも外国人が全員ビートルズみたいな髪型をしていないことを考えれば噂話の真偽は明白である。

噂話の実際は、件の知り合いの人がオーダーをうまく伝達出来なかったのかも知れないし、担当した美容師さんが熱狂的なビートルズファンだったのかもしれないし、はたまたその知り合いがジョージ・ハリスンだったのかも知れないだけである。

 

しかし思い込みとは怖いもので、漠然と、「散髪してビートルズみたいになったら嫌やなぁ。そんな散髪屋が跋扈してるってことは日本ほど髪型に興味ないんかな。アジア系以外の人って顔立ちがはっきりしてるから髪型が適当でも許されんのかなぁ。」などと思っていたのである。これは社会科学を学ぶ学生にあるまじき偏見であり、とくに後半は単なるコンプレックスの吐露である。

これにあと経済的な理由を加え、海外に行ったら自分で散髪してみてもいいかなと思っていたのである。

 

そんな話を出国前に何気なくしていたら、バイト先の常連さんの一人に美容師さんがいらっしゃり、その常連さんからプロ用のはさみを餞別として頂けると言うことになったのである。自分が仕事で使うようなレベルの、数万円もするカット道具一式である(カットばさみとスキばさみ、くしに髪留めにエプロンまでついていた)。

そしてこの瞬間、私のセルフカットライフが運命付けられたと言っても過言ではない。

 

出国直前に髪を切ったので、フランスで過ごし始めて1,2ヶ月経った頃、初めてのセルフカットの日がやってきた。といっても自分の「そろそろ切ろかな」というさじ加減で訪れた日であっただけなのだけれども。

セルフカットなんてしたことがないので一通りググってみて、大体バリカンでのセルフカットの方法しか紹介していないという現状に何の役にも立たない知識を得た後、「まぁ髪型変える訳じゃなくて伸びたところ切るだけやから大丈夫やろ」と開き直って私は浴室に赴いた。

切った髪が衣服に着くことが嫌だったので、パンツ一丁にエプロンというほぼ裸エプロンさながらの仕上がりであった。こんなに誰の性的興奮も喚起しない裸エプロンも珍しい。

 

散髪し始めて改めて思ったが、さすがプロばさみ、切れ味がまるで違う。常連さんから、「耳切らんよう気ぃつけや」「そんなどんくさいことしませんよ」と受け取ったが、そんなどんくさいことになる可能性を多いに感じさせる切れ味である。

 

そして切り続けるにつれ、少しずつ違和感が出てくる。あれ、私こんな髪型だったかしら。私もう少し左右のバランス良かったんじゃないかしら。もう少しぱっちりした目をしてたんじゃないかしら。もう少し鼻筋の通った掘りの深い顔立ちしてたんじゃないかしら…。つまり髪を切る前はもう少し男前だったんじゃないかしら、などと思えてくるのである。

これが真実であれば散髪前の私はオダギリジョーみたいな顔立ちをしていたことになるが(別にオダギリジョーでなくともお好きな男前を想像しておいてくだされば結構です)、冷静に考えれば(冷静に考えなくとも)目や鼻筋は散髪でどうこうなる問題ではない。

 

つまり、プロばさみを全く使いこなせていないのである。今まで工作ばさみか裁縫ばさみしか使ったことがないのだから当然である。あぁ数万円の価値はどこへやら、もはや「完全に身に余る物を与えられてしまった状態」として、「けんちゃんに美容師ばさみ」ということわざでも出来そうな勢いである。

しかし残念、その界隈には「豚に真珠」、「猫に小判」、「馬の耳に念仏」等々ことわざ界の大御所たちが鎮座していらっしゃるので、「けんちゃんに美容師ばさみ」が市民権を得ることはないであろう。

 

結局、2時間ほど浴室で格闘したあと、ナルシズムを通り越して正直もうお腹いっぱいになった自分の姿を鏡で見ながら、私は心の底から思っていた。

「美容師さんって偉大やねんな…」

 

世の中には「あれ、髪の毛切ったの?似合ってるね。」という社会的儀礼が存在するが、そのような状況で私は今後、「あれ、髪の毛切ったの?似合ってるね。(けれどもそんな髪型になれたのも一重に美容師さんのおかげであって決して自分の顔が良いなどと思ってはいけないよ。真に褒めるべきはあなたではなく美容師さんだよ。)」と言うであろう。括弧内を実際に口に出さないのはもちろん、むやみやたらに友達を減らさないためである。

 

ちなみに、フランスに来て3回ほど散髪しているが未だに誰にも気づかれたことがない。ただ気づかれていないのではなく、

・気づいて声をかけてくれるほど親しい友達がいない。

・気づいているけれど褒めようがない惨状なのでそっとしている。

という可能性も多いにあるけれど、まぁそれはそれである。

 

ちなみにちなみに、私の住む町には美容室自体はものすごくいっぱいある。もはやコンビニ感覚であるので、「採算とれてんのかいな」と訝しくなるほどである。カットしに行くことはほぼないであろうが、採算の取り方は知りたいと思っている。

 

そんな髪の毛事情でした。