れんしゅうちょう

人生ったらもう、書く練習なんだから。

しまなみ海道まっしぐら②−大阪~神戸~高松−

「あれだけだらだらと文章を書いておきながらまだ出発すらしていないのか…」

そう思われた方は勘が鋭い。つまり読んでいる人ほぼ全員勘が鋭い。氏は寄り道をすることが大好きな人間である。子供の頃からなので仕方が無い。寄り道に夢中になりすぎて目的地に行くことを怠ることさえある。そんな氏を見て、寄り道で人生終わるんじゃなかろうかと訝しく思う向きも多い。そんな彼らに対して、「人生に本源的な意味などないのだから寄り道を楽しんだ方がいいじゃないか!そのうち繋がってくるのだ!寄り道こそが人生なり!」と、氏は一旦拳を固く握りしめるものの、その拳は未だに親のスネを齧っているという事実がそっとほぐす。

…そしてこの話すらも寄り道である。寄り道の話をもってブログ記事の寄り道をするというメタ構造。というか無意味な言葉遊び。氏の文章を楽しめるかどうかはこの無意味な、しかし「飴玉を舌の上で転がすように言葉の感度を確かめているのだ」というしっくり来るのか来ないのか定かではない氏の喩えのような、そんな言葉遊びを楽しめるかどうかである。ちなみに姉は、過去に氏の文章を「んー、めんどくさい!」と一蹴したことがある。

 

話を戻そう。

家を出発して、氏はすぐには神戸港へは向かわなかった。どこへ向かったか。フランスに行くまで3年と3ヶ月働き、ついこのロードバイクで旅行をする前週、円満に辞めたアルバイト先に向かったのである。ちなみに串焼き屋さんである。ここは今まで10種以上のアルバイトを経験してきた氏が一番長く働いた場所であり、そしてアルバイト以上の関係を構築出来た場所である。カウンター12席のみという店のスタイルとも相まって、客には常連のなじみ客も多く、氏はここで思う存分彼らにイジら…可愛がって頂いた。

そんな方々に自分だけ盛大に送り出して頂くのも申し訳ないので、氏は辞める際に常連客の方々にメッセージカードをしたためた。健気である。たまには氏も素直に感謝の意を示すのである。

その中に姫路で泊めて頂く方へのメッセージカードもあったので、どうせならそのカードを渡しに来たという名目で泊まらせてもらうことにしようと考えたのである。感謝の意を示したカードを渡すために遠路遥々チャリンコを漕いで来たとは、涙ちょちょ切れる話ではないか。24時間テレビのプロデューサーがこの話を小耳に挟んでいたら撮影をオファーしてきたに違いない。「これは歓待されるぞ〜」氏は鼻息を荒くした。前段落とは打って変わった下衆さである。

 

そんな事を考えながら、バイト先の暖簾をくぐる。店長に「変なん来た」とご自慢のサイクルジャージを馬鹿にされながら、事情を説明する。旅程を話すと、居合わせた常連さんが「えー今から自転車で神戸港まで行くんですか。学生にしか出来ないことですね。」と言う。「たしかに学生にしか出来ないことではありますが、それは年齢的・時間的に可能であるという話であって、こんな馬鹿なことを昨今のすべての学生がしている訳ではないですよ。誤解しないで頂きたい。僕ももし友達が似たようなプランを話したら、「おいおい落ち着けよ。夜明けを待とうぜ。」と忠告しているでしょう。」と氏は思ったが、こんな屁理屈を言っても間違いなく嫌われるだけなのでそっと飲み込むことにした。

 

そうしてメッセージカードを手に入れた氏はようやく出発する。結局23時前になってしまった。神戸港まではスムーズに行っても1時間半ほどかかる。そして氏は神戸港の正確な場所を知らないのでスムーズに行くはずが無い。繰り返すがフェリーは25時発である。「あ、あかんやん…」単純な帰結として氏は急いだ。十三~尼崎から国道2号線に乗り、西宮や芦屋を越え、通い慣れた大学の近くを通り過ぎ、神戸付近からはGoogleマップを頼りに頼ってようやく氏は神戸港にたどり着いた。その間ずっと、背中に母の握ったおにぎりの温かみを感じながら(サイクルジャージは走行中に物が落ちないよう、背中にポケットがついているのだ)。「温かみは有り難いが、それを背中に感じるのは少し気持ち悪い。何より自分の体温でおにぎりが傷まないかが懸念されるな。」氏は走行中こんなことを考えていた。

神戸港に着いた時、時刻は24時半頃であった。タイムとしては上々である。ただ惜しむらくは、もはや明日の明朝からロードバイクを漕ぐ気力などとことん削がれていたことである。気を取り直しフェリーターミナルの受付に乗車券を買いに行った氏を待ち受けていたのはこれであった。

 

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「どっちも燃えるゴミなんかい…!」
と声に出したい気持ちを抑えて、サイクルジャージのままいそいそと一人写メを撮りながらそんな自分を俯瞰的に眺めて、氏は少し切なくなった。自分を俯瞰的に眺めるのは必ずしも良いことばかりではない。

船乗り場に行くとバイクで来た方々と一緒の場所で待たされる。待たされる待たされる。待たされること結局、26時頃まで待たされた。大幅な遅延である。「ば、馬鹿野郎…急いだ俺の体力を返せ…!」と氏は思ったが、フェリーの遅延に「体力を返せ!」とクレームを付けられてもフェリー会社の方々が困惑し、さらなる遅延を引き起こすことが予想されるだけであろう事は、ワカメちゃんのパンツが見えているかどうかという事ほど明白なので、氏は「お疲れさまです」と係の方々を労いながらおとなしく乗船することにした。

 

船内は畳が敷かれた2階部分と、前にテレビの大画面があるソファー席で埋まった1階席と、その他諸々の娯楽スペースという構成になっていた。深夜便ということもあり、畳では多くの乗客が雑魚寝している。氏も明日に備えて雑魚寝をすることにした。周りの乗客からサイクルジャージに好奇の視線を浴びるが、そんなことを気にしていてはロードバイクで旅行など出来ない。それより長袖ないから寒い。そんなことを思いながら氏は眠りについた。そして午前4時半頃、畳であまり寝付けなかったのか、おもむろに便意を感じた氏はトイレへ向かう。そして次の瞬間、氏は完全にトイレで体調を崩していた。お腹痛い。頭ぼーっとする。変な汗出る。のトリプルコンボである。薄ら寒い深夜にチャリンコを漕いだのがいけなかったのか、汗をかいた服を着替えないまま寝たのがいけなかったのか、とにかくあと1,2時間後から数日かけて計5~600kmもチャリンコを漕げる体調ではない。「高松に着いたらすぐ神戸行きに乗ろう」根性のない氏はそんなことを考えながらトイレにこもり、少し落ち着いたところでソファー席に移動して、そのまま寝ていた。

 

「お客さん、高松着きましたよ。次このまま小豆島に向かって出発してしまいますよ。」という係員さんの呼びかけで氏は起こされる。「小豆島まで行かれては船の本数も少なくなる。それは困る。」と思い、とりあえず下船する。

 

下船すると、思ったより体調が回復していることに気づく。結局、すこしまだ具合は悪いが、せっかく四国来たし、このまま帰ってもお金と時間もったいないし、このままここに居てもすること無いし、まぁとりあえず漕ぎながら考えよう、というなんとも消極的な形で氏のロードバイク四国旅はスタートする。