れんしゅうちょう

人生ったらもう、書く練習なんだから。

ヴェネチア探訪~一日目~

2015年2月7日~9日(移動も含めると6日夜~10日朝)にかけて、イタリアのヴェネチアに行って来たのでその事を書きます。

※始めに文章書いた後に、ヴェネチアに一年留学した学部時代の友達が卒論もヴェネチアについて扱っていて、それを貰えたので楽しく読ませてもらいました。この文章の事実誤認も多々あったので、そこらへんは注で適宜訂正しています(「友達の卒論」ってのがそれ。ちなみにそもそも僕の情報源それとWikipediaしかない。笑)。んー、ちゃんと資料に当たるってステキ。てことで、僕と同じ学部・学年の子でヴェネチアについて知りたくなったらあのイタリアガールへGO!少なくともこの文章よりちゃんとしてて面白いで。笑




終盤何度か同じ道を行き来して多くの乗客に、「これは少し道に迷っているな」と思わせた夜行バスを降りて、駅から電車に乗り、ヴェネチアの主要駅サンタルチア駅に着いて降りると、もう目の前が川だった。恥ずかしながら、ヴェネチアについて何も知らずに、そして何も調べずに来たので(wikipediaすら見ずに来た)、ヴェネチアが島だと言うことも、川に囲まれていると言うことも知らなかった。ヴェネチアについて知っていることと言えば、シェークスピアの「ヴェニスの商人」という本の名前と、その中でユダヤ人商人が非常に意地悪く描かれているという事と、そこから中世は港町として非常に栄えたらしい、という事くらいだった。僕にとって港町のイメージは神戸、福岡(船で行ったことがあるから)、マルセイユなので、まさか港町が島だとは思わなかったのである。

 

ヴェネチアの主要な交通機関は船だった。主要駅であるサンタルチア駅には一応バス停と、少し離れた場所まで直線的に往復するモノレールがあるのだけれど、中心部へ行くともう船で川沿いや対岸、あるいは離れた島に行き来するというのが主だった。そしてそこではもうバスは見受けられなかった。主要駅にあったバス停のバス(複数あった)はどのような路線網を形成しているのだろうかと、ヴェネチアでの公共交通手段が船であるということを知った後に改めて気になった。あるいは、私が訪れてうろついていたのがヴェネチアの中でも特に観光地部分であるだけで、他では普通にバスや車が走っている可能性はあるけれど。

ヴェネチアの中心部は島の中心部を流れる大きな運河と、周囲の海とその運河をつなぐ無数の小川、そしてそれら小川に架かる大小様々な橋や、所狭しと建てられた建造物、その建造物の間を走る小径、小径同士がぶつかる広場、というような作りをしている。

車やバス、鉄道が走っていないことは、おそらくヴェネチアの独特な雰囲気を演出するのに一役買っている。排気ガスや騒音を感じない静かで落ち着いた街の印象、そして伝統的な町並みとの相互作用でもって、人はそのような近代的な乗り物が存在する以前の時代にタイムスリップしたかのような感覚を覚える。街の中心部には蟻の巣のように大小さまざまな小径が通っていて、そのような小径に少し入れば人々の会話も聞こえてこないひんやりとした街の空気を感じることも出来る。そのような雰囲気のもと中世以来の建築物や街の至る所に架かる橋は、季節や天気や気温、時間帯、そしてそれらの変化による光の射し込み具合、あるいは見る角度によって様々に表情を変える。このように様々に表情を変えてくれるからこそ、複雑に入り組んだ小径は私たちのささやかな探検心をくすぐり、架かる橋は町並みを堪能するために私たちを立ち止まらせ、突然開けた視界の眼前に広がる広場で人々は交差し、そして次の小径がまた私たちを誘う。ゆっくりと流れる時間と均質的ではない数々の空間は、紛れもなくヴェネチアの豊かさの一つであるように思われる。

 

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・ヴェネチアの町並み

 

このような意味でヴェネチアは絵になる。絵になるのだけれど、そのように街を描写することはこの程度に留めておく。第一にそれは僕の得意とすることではないし(前段落はかなり無理をした)、第二に僕の興味関心はむしろ、そのような街の雰囲気や構造が人々の暮らしにとってどのような役割を持っているのか、あるいは逆にこのような街が人々によってどのように形成・維持・変化させられて来たのか(行くのか)という人と街の相互作用にあるからだ。といっても、知識が非常に限られているので、分析したりヴェネチアを論じたりというより、むしろ今後知りたいことをいくつか見つけてきた、というような文章にはなるのだけれど。

 

交通手段がほぼ船に限られているといっても、車や鉄道が出現する前は海上輸送が運搬において一回に運べる量・遠隔地への配達速度の両方において最も優れた手段であったのだから*1近代以前にはそれは街にとって落ち着きではなく活気の源だったはずである。この中世における経済的要衝としてのヴェネチアから現代における観光地としてのヴェネチアに至るまでにどのような変遷があったのか、ヴェネチアが衰退した直接的な要因はバスコ・ダ・ガマの喜望岬ルートの発見による港町としての地位低下と、オスマン帝国の侵攻、それにイタリア国内の政治情勢の悪化ということらしいけれど(wikipediaでいま調べた)、海路の覇権から海路と陸路の分業化という、輸送手段の変化とその影響に着目してヴェネチアの歴史を考えてみても面白いかも知れない。

その船も今では、主な交通手段としての水上船(市バスみたいに路線とかダイヤとかのシステムに則って運行している)と、観光客のための手漕ぎボートと、たまに散見されるヴェネチア向け日用品や食料を載せた小さな貨物船しか見られない(このような貨物船もお祭りシーズンだったからかほとんど見られなかった)*2水上船はスクリュー付きの船だったのだけれども、こんなスクリュー付きの船が登場する前は手漕ぎだったのだろうかと気になった。対岸同士は見える距離とはいえ、近いところでも100mくらいはある感じなので、毎度人力で行き来するのはしんどそうだ。船のチケットを見ると、「since1963」と書いてあるので、船で毎日ダイヤ通りに対岸を行き来するこのサービスが始まったのはおそらく50年前からだということになる。その以前はどうなっていたかが気になったのだけれど、イタリア語が話せないので結局聞けずじまいで終わってしまった(今から思えば英語ででも聞けば良かった)。

 

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  • 水上船待合室。上の黄色い広告は、アラビア語圏への送金を請け負う会社の広告で、すべての待合室の上部がこんな感じだった。実際、街ではムスリム系っぽい人々が開く露店も街でよく見かけた。

  

中心部は前述したような雰囲気に満ちていて、結局3日間かなり歩いたのだけれども全然飽きなかった。観光地中の観光地なのだけれども、僕も一緒に行動した友達もあまりキッチリとプランが組み立てられすぎた旅行を好まなかったので、実に適当に歩き倒した。あまりに観光地化されたカフェやレストランは値段も高いし*3観光客しかいなくて観るものに欠けるので(ただ見方を変えれば観光客を通してのヴェネチアを見ることも出来るので、必ずしも面白みがない訳ではない)、地元の人が行くような気軽なカフェでもないものかと道行く人に聞いたら、「完全にローカルな店なんかここにはないわ。地元の人だけでやっていけるほど私たちの人口は足りてないもの。」と言われてしまった。このとき僕は正直、痛いところを突かれたな、と思った。僕は前述したような興味関心から、基本的にどこに行ってもローカルに紛れたい志向が強いのだけど、それは観光地という街の性格と(完全に両立不可能でないにしても)折り合いが悪い志向なのだと思った。

つまり、街の表層を流動して行く観光客に経済的に大きく依存する観光地という街は、この観光客も含めて一つの街を形成しているのであって、この観光客に合わせて作られた「ヴェネチア」やその「伝統」がいかに表層的なもの、あまりに作られすぎていると違和感を覚えるものに見えても(僕に取って一番しっくりくる大阪弁で言えば、「いかにコテコテなものに見えても」)、そこから切り離されたローカル性を求めても、それは単にそのような一つの観光のあり方として回収されてしまうものなのだろう。つまり僕が求めていたような深層なんかない。そこにあるのは、表層(伝統、観光客、観光地)−深層(表向きの伝統なるものも演じつつ、必ずしも娯楽性に満ちたものとは限らない単純な生活様式としての伝統を生きる地元の人々)という垂直的な関係ではなく*4束の間の非日常を謳歌する観光客と、その彼らにとっての非日常をも含む日常を生きるそこに住む人々の相互的関係を、一つの全体として体現する街があるに過ぎない。従って、もし僕の興味関心がその街とその街に生きる人々を理解することにあるのであれば、考察すべきは存在するはずのない「観光客から切り離されたローカルなヴェネチアの部分」ではなく、「そのような観光客をもその街の性格に不可避的に組み込まざるを得ないヴェネチアという街そのもの」ということになるのだろう*5

 

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  • レベル高すぎたヴェネチアのユースホステル

 

 

*1:現代でも交易手段としての海運のこの強みは重要なものだけれど、他の輸送手段がない時代においては現代から考えれば近い距離・あるいは小規模な貨物でも船で運んでいたに違いない。

*2:2015年1月から(つまり訪れるつい1ヶ月前)、環境面への配慮から大型客船の乗り入れが規制されたようです(友達の卒論)。規制させる前に訪れていたら、また受ける印象変わってたんだろうな。

*3:例えばヴェネチアには世界で一店舗目らしいカフェがあるらしいのだけど、看板を見るとコーヒー一杯が6,7ユーロもしていた。にもかかわらず観光客で溢れていた。ブルジョワめアホ。笑

*4:もちろん、旅行者の主観的な感覚としてはあるだろうけれど(少なくとも僕にはある)、ここで言いたいのは観光地という街の性格である。

*5:実際ヴェネチアにとって洪水のように押し寄せる観光客問題は深刻らしい。友達の卒論のテーマもそれだった。彼女が「もはやディズニーランド」と喩えていた ので「上手いコト言うな」と思っていたら、本当に「ヴェネチアランド」計画なるものが揶揄も含めて存在するらしい(友達の卒論)。