れんしゅうちょう

人生ったらもう、書く練習なんだから。

ヴェネチア探訪:三日目

三日目の午前は教会に行った。ヴェネチアには街の人口に不釣り合いではないかと思うほど教会があり、その一つ一つも立派なものだった。そのうち実際に訪れたのはサン・ジョルジョ・マッジョーレという教会だったのだけれど、ここも立派な造りをしていて、一緒に訪れたフランス人の友達が「教会って椅子で埋め尽くされてるのが普通だと思ってたけどここは違うね。」というほどであった。もちろん、教会が建造された当時は街の人口も教会の規模に見合うものだったのかも知れない*1。ちなみにこのサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会(噛みそうな名前だ)には高台があって、そこからヴェネチアの眺めが一望出来て凄く爽快なのだけれども、考えてみれば教会に高台って必要なのだろうか。むしろこれは港町としての要請を、それを担うだけの経済的・権力的余裕があった教会が引き受けた、と考えた方が良さそうな気がした。そうなるとますます中世における商業港町としてのヴェネチアと教会との関係が気になってくるけれど、これ以上は仮説が重なりすぎて推論というよりほぼ妄想になるのでやめておく。

 

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  • あんまり椅子で埋まっていない教会

 

 

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  • 高台から観たヴェネチア

 

 

午後はMurano(日本人の名字みたいな名前だ)という中心の島から少し離れた小島に行ってみる。ガラス細工などの工芸品が有名な島らしく、軒を連ねる店はほとんどが工芸品関連だった。工芸品はきれいなものも多く眺めるのも楽しかったけれど(というか買うお金はないので眺めることしか出来ない)、ここまで店がたくさんあるとさすがに「採算取れているのかしら」という気になった。

 

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  • 土産物屋が軒を連ねるMuranoの町並み

 

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  • 日本製のスクリュー(よな?) を搭載した船が多かった。

 

 

ここまで三日間歩き倒して、ふと「凄く奇麗で素敵な街だけど、でもここには住みたいかと言われると疑問やな」と思ってしまった。活気がない訳ではない。年中観光客で賑わっているみたいだし、この時期のヴェネチア・カーニバルなんかは人ごみをかき分けて歩くのも大変だ。ではなぜ住みたくないと思ってしまうのか、その理由を上手く言語化出来なくて、友達に「ここに住みたい?」と聞いてみると「正直に言うとノーね。この街にはダイナミズムがないわ。」と返ってきた。実に的を射た答えだった。そう、この街にダイナミズムを感じないのだ。ここで、「活気があるのにダイナミズムを感じない」という不思議な感覚は、僕が考えた所によれば、おそらく「ヴェネチアという観光地」という性格に由来する。つまり、その街の戦略として伝統なるものを保全し、その伝統を外来の人々が消費することによって成り立つこの街は、自ら革新的なものを生産することがほとんどない。それが、表通りは凄く賑わっている一方で、ひとたび裏通りに入れば閑散としていることも少なくなく、空き家らしき住居が散見され、別荘を持つことはあっても本拠として住み着くことはほとんどなく、この街に子供や若者をあまり見かけない理由なのだろう*2これは近代が始まってからずっと、多くの地方(あるいは地方都市)が抱えてきた問題だと思う。そのような場所には、ダイナミズムという刺激を求める現代のほとんどの人々、とくに若者は、束の間の休暇に骨を休めにくるか、ダイナミズムそのものに疲れてドロップアウトするか、老後の余生を田舎でのんびり暮らしたいか(まぁこれも前の理由とほぼ被っている)というような理由でしか訪れ、暮らすことはないだろう。そういった意味で、ヴェネチアはおそらく限りなく地方に近い地方都市だろう。だから地方都市、そして中央への人口の流出が止まらない*3。現代においてその事に自覚的な人々は、あるいは可能な限り定常的な社会(地方循環型経済など)を志向し、あるいは地方都市にもダイナミズムを作り出そうとする。交通・輸送手段と情報通信技術の発達はそれを可能にする。それがどこまでの射程を持った動きか、そもそもどのような動きとして解すればいいものなのかは、僕にはまぁ正直まだよう分からんという感じだ。

ただ同時に、そもそもこのどうしようもなくダイナミズムを求めてしまう感覚は一種の近代的な病だと言うことも出来る。出来るけれど、一度この感覚を内在化させてしまった個人は、それを諦めるのでない限り、それを自覚的に折衷させていく方向でしかコントロールすることは出来ないように思う。これがオルタナティブと呼べるものかどうかは分からないし、それ以外のオルタナティブを見いだせないのは、おそらく僕自身がそのような個人だからである。

 

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・少し閑散としたMuranoの裏通り

 

変に話が抽象じみてしまった。まぁとにかく、そんな感じでヴェネチアを楽しみ(面倒くさい楽しみ方だ)、出発時刻が迫る中で三日連続となるフリッテッレを食べ、帰って来てからも二、三日くらいの後遺症となった船の揺れを感じながら、ヴェネチアを後にしたのでした。めでたしめでたし。

 

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  • 夕日の沈むヴェネチア

 

 

P.S

観光社会学、面白そうだ。観光地における伝統の創出、維持。人口および経済構造の変遷。中央—地方モデルにおける観光地の位置というラインが特に興味関心に沿うような気がする。学部生の時にも一度、そんなことを扱っているゼミの夏合宿にだけ(ゼミには所属せず夏合宿にだけ。笑)参加して岐阜の郡上八幡にいった事があって、その時も面白いと思ったけどやっぱ面白いな。機会があったら一度集中的に勉強してみよう。うん、これはたぶん当分勉強しない流れだ。笑

 

*1:Wikipediaによれば、1566年から1610年にかけて建造されたらしい。

*2:ただ本島には大学もあるので、それなりに若者も散見される。しかし、住居の数に比べての街の人口やその人口比においての若者の割合は、相当少ないのではないかと思われる。

*3:現実的な理由としては、観光地化が進むことによる地価の高騰、土地規制による開発の自由度の低さ、などで郊外へ人口は流出しているらしい(友達の卒論)。