れんしゅうちょう

人生ったらもう、書く練習なんだから。

散髪をする。

私はフランスに来てから、自分で髪の毛を切っている。

セルフカットというやつである。

 

コトの始まりはこうであった。

フランスに来るにあたって、散髪は一つの(といっても大したものではないけれど)懸念であった。

私は日本では色気付きだした中学生の頃からずっと美容室で散髪をし、時には染髪をし、時にはパーマをかけ、ぼんやりした薄い顔立ちを髪型でカバーしてきたといっても過言ではないカット人生を歩んでいた。

行きつけの美容師さんは中学から10年間通っただけあって、私の「○○な感じで」という適当なオーダーにもド真ん中で答えてくれるほど私の髪を熟知してくれていた。スマホアプリのぷよぷよでその美容室のスタッフで形成されているチームに誘われるほど気心の知れた仲だった。

フランスではそんな適当なオーダー通んないだろうな、という不安と共に一つの噂話が私の頭をもたげていた。

 

「知り合いが海外で髪の毛切ったらビートルズみたいになったらしいで。」

 

いつどこで誰から聞いたかも分からないもだが、内容だけ覚えていたのである。

常識的に考えれば、海外ってどの国やねんってなるし、いつの時代の話やねんってなるし、そもそも外国人が全員ビートルズみたいな髪型をしていないことを考えれば噂話の真偽は明白である。

噂話の実際は、件の知り合いの人がオーダーをうまく伝達出来なかったのかも知れないし、担当した美容師さんが熱狂的なビートルズファンだったのかもしれないし、はたまたその知り合いがジョージ・ハリスンだったのかも知れないだけである。

 

しかし思い込みとは怖いもので、漠然と、「散髪してビートルズみたいになったら嫌やなぁ。そんな散髪屋が跋扈してるってことは日本ほど髪型に興味ないんかな。アジア系以外の人って顔立ちがはっきりしてるから髪型が適当でも許されんのかなぁ。」などと思っていたのである。これは社会科学を学ぶ学生にあるまじき偏見であり、とくに後半は単なるコンプレックスの吐露である。

これにあと経済的な理由を加え、海外に行ったら自分で散髪してみてもいいかなと思っていたのである。

 

そんな話を出国前に何気なくしていたら、バイト先の常連さんの一人に美容師さんがいらっしゃり、その常連さんからプロ用のはさみを餞別として頂けると言うことになったのである。自分が仕事で使うようなレベルの、数万円もするカット道具一式である(カットばさみとスキばさみ、くしに髪留めにエプロンまでついていた)。

そしてこの瞬間、私のセルフカットライフが運命付けられたと言っても過言ではない。

 

出国直前に髪を切ったので、フランスで過ごし始めて1,2ヶ月経った頃、初めてのセルフカットの日がやってきた。といっても自分の「そろそろ切ろかな」というさじ加減で訪れた日であっただけなのだけれども。

セルフカットなんてしたことがないので一通りググってみて、大体バリカンでのセルフカットの方法しか紹介していないという現状に何の役にも立たない知識を得た後、「まぁ髪型変える訳じゃなくて伸びたところ切るだけやから大丈夫やろ」と開き直って私は浴室に赴いた。

切った髪が衣服に着くことが嫌だったので、パンツ一丁にエプロンというほぼ裸エプロンさながらの仕上がりであった。こんなに誰の性的興奮も喚起しない裸エプロンも珍しい。

 

散髪し始めて改めて思ったが、さすがプロばさみ、切れ味がまるで違う。常連さんから、「耳切らんよう気ぃつけや」「そんなどんくさいことしませんよ」と受け取ったが、そんなどんくさいことになる可能性を多いに感じさせる切れ味である。

 

そして切り続けるにつれ、少しずつ違和感が出てくる。あれ、私こんな髪型だったかしら。私もう少し左右のバランス良かったんじゃないかしら。もう少しぱっちりした目をしてたんじゃないかしら。もう少し鼻筋の通った掘りの深い顔立ちしてたんじゃないかしら…。つまり髪を切る前はもう少し男前だったんじゃないかしら、などと思えてくるのである。

これが真実であれば散髪前の私はオダギリジョーみたいな顔立ちをしていたことになるが(別にオダギリジョーでなくともお好きな男前を想像しておいてくだされば結構です)、冷静に考えれば(冷静に考えなくとも)目や鼻筋は散髪でどうこうなる問題ではない。

 

つまり、プロばさみを全く使いこなせていないのである。今まで工作ばさみか裁縫ばさみしか使ったことがないのだから当然である。あぁ数万円の価値はどこへやら、もはや「完全に身に余る物を与えられてしまった状態」として、「けんちゃんに美容師ばさみ」ということわざでも出来そうな勢いである。

しかし残念、その界隈には「豚に真珠」、「猫に小判」、「馬の耳に念仏」等々ことわざ界の大御所たちが鎮座していらっしゃるので、「けんちゃんに美容師ばさみ」が市民権を得ることはないであろう。

 

結局、2時間ほど浴室で格闘したあと、ナルシズムを通り越して正直もうお腹いっぱいになった自分の姿を鏡で見ながら、私は心の底から思っていた。

「美容師さんって偉大やねんな…」

 

世の中には「あれ、髪の毛切ったの?似合ってるね。」という社会的儀礼が存在するが、そのような状況で私は今後、「あれ、髪の毛切ったの?似合ってるね。(けれどもそんな髪型になれたのも一重に美容師さんのおかげであって決して自分の顔が良いなどと思ってはいけないよ。真に褒めるべきはあなたではなく美容師さんだよ。)」と言うであろう。括弧内を実際に口に出さないのはもちろん、むやみやたらに友達を減らさないためである。

 

ちなみに、フランスに来て3回ほど散髪しているが未だに誰にも気づかれたことがない。ただ気づかれていないのではなく、

・気づいて声をかけてくれるほど親しい友達がいない。

・気づいているけれど褒めようがない惨状なのでそっとしている。

という可能性も多いにあるけれど、まぁそれはそれである。

 

ちなみにちなみに、私の住む町には美容室自体はものすごくいっぱいある。もはやコンビニ感覚であるので、「採算とれてんのかいな」と訝しくなるほどである。カットしに行くことはほぼないであろうが、採算の取り方は知りたいと思っている。

 

そんな髪の毛事情でした。