れんしゅうちょう

人生ったらもう、書く練習なんだから。

しまなみ海道まっしぐら①−出発−

「もうええ、行ったる。」

パソコンのモニターを前にして氏は半ばやけくそな様子で決意を固めた。時刻は午後8時37分、出発まで残された時間はあと1時間半にも満たない。

氏はそんな夜分からいずこへ旅立とうとしているのか?四国は高松である。なぜそんな夜分遅くなのか?高松行きのフェリーが深夜1時に神戸から出発するからである。

そしてなぜ高松に行くためにそんな決意を固める必要があるのか?それは氏のしようとしていることがロードバイクでの4泊5日の弾丸旅行だからである。

 

旅程は、

28日の深夜に自宅から神戸港まで走り(30km)、

29日の未明に高松に着き、その日に松山は道後温泉まで走り(160km)、

30日に道後温泉から今治、しまなみ海道、尾道を経て福山まで走り(140km)、

31日に福山から倉敷、岡山を経て姫路まで走り(140km)、

1日に姫路から明石、神戸を経て大阪の実家(100km)

へ帰ってくるプランとなっている。

 

なぜこんなことになったのか。それを説明するには時計の針を少し戻さねばならない。

8月26日までの3週間、氏は某女子大の夏期集中フランス語講座を受けていた。

一部に周知の事実として、氏は9月上旬からフランスに留学することが決まっている。大学院のコースである。つまり留学というか進学である。

しかし氏のフランス滞在経験は、大学院の下見という名目によるパリでの2~3週間のみである。ここで名目という、その実はおそらく異なるではないかという読者諸兄の推察を惹起するタテマエ的な用語を使った理由を述べておこう。

事実はこうである。大学院の下見といいながら氏はどの大学の授業も見に行かなかった。なぜなら年末で大学はどこもかしこも休業中だったからである。ではなぜそんな時期に行ったのか。氏の大学の冬休みもそこだったからである。そんな小学生でも回避出来るような阿呆な所業を果たして下見と言えるのか。曰く、「あの時はフランス留学を考え始めた時だった。しかし行ったこともないよく知らない国に進学しようとしても少し不安が残るし、そもそも勉学のモチベーションも湧かないから、一度とりあえず見に行ってみたのだ。」これでは単なる西洋見物である。事実そうだった。大してお金もないのに行ったので、現地で何を買うことも観ることも出来ず困窮した日々を送る羽目になった。ただひたすら街を練り歩くという文字通りの方の西洋見物である。加えてこの頃の氏はまだ初級文法すらも習得していなかったため、大学の授業どころか誰のフランス語も全く理解出来なかった。もはや思い出したくもない記憶である。

 

まぁこんな話はどうでもいい。とにかくそのようなフランス経験の下、氏はフランスの大学院に直接進学しようとしていたのである。氏は自らの語学力に絶対的な不安を持っていた。特に話す・聞くという点において。「日本に住んでるのにオーラルは勉強しづらいじゃないか」とは勉強から逃げる氏の言い訳である。そこでフランスに旅立つ前に、なんとかしてこのオーラル能力とやらを少しでも改善しておきたかった。

 

…というのが、氏がフランス語講座を受けた名目である。「また名目かよ」と思われた諸兄は察しが良い。実際、このようなバックグラウンドのもと、数万円という氏にとってかなり高い受講料というハードルを超えてこの講座を受けさしめた決定打は、十数年前に本講座に通った大学の先輩からの「女子大に合法的に入れるチャンスなんて他にないですよ」という一言だった。

確かに。女子大に入れるチャンスなんてそうそうない。授業を受けるチャンスなんてもっとないだろう。数万円の受講料は今の自分にとってはとても高いが、10年後の自分にとって女子大に3週間通えるチケットとしてなら安いくらいだ。しかし10年後の自分に3週間も女子大に通う時間はおそらくない。…今しかない。今しかないのだ。女子大生と机を並べて授業を受け、分からない箇所を互いに教え合い、楽しく語らいながら昼食を共にし、放課後に肩を並べ下校し、あわよくば放課後にカフェで談笑したり休日にデートの約束を取り付けたりなどする機会は、今を置いてこの先もうないのだ。沸々と込み上げる感情。「最後のチャンス」という言葉と共に寂しさと興奮が氏の胸に渦巻いた。

そんな様子で鼻息を荒くして女子大に向かった氏をクラスで待っていたのはしかし、フランス語に真剣に取り組むマダムの方々であった。フランス語を一応真剣に勉強していたのがアダになった。女子大生はほとんど皆入門クラスでの受講だったのだ。
「お、思ってたんとちゃう…!詐欺られた…!」と大学の先輩に筋違いの恨みを抱きながら氏は、結果として、「真面目に勉強に取り組む環境」という本来の目的を達成したのであった。

 

話がそれた。戻そう。

26日にフランス語講座を終え9月4日に決まった出国の日までの間に、氏はロードバイクで四国を一周しようと考えていた。なぜか。理由を説明すると以下のようになる。

ロードバイクは氏の数少ない趣味の一つである。風を感じながら走る爽快な運動であるという点に加え、(日帰りから数泊の旅行までを含め)電車や車とは違った形で、どこかに出かけて様々な土地を訪れることが出来るというのが氏にとっての大きな魅力だった。

そしてフランスはツールドフランスでも知られる通りロードバイク大国である。様々なコースがあり、自転車での旅にも国民的理解があり、行ってみたい場所もたくさんある。

この条件が重なった時、氏に残された答えは「チャリを持って行く」という以外になかった。そして氏は必死でチャリをフランスに持って行く方法を探す。他にすべきことがあるのに。ネットをくまなく調べ、ロードバイクショップに聞きに行き、結果、持って行くためには飛行機の預け入れ荷物にスーツケースかロードバイクを梱包した段ボールのどちらか一つを選ばねばならないという結論に達したとき、氏は少し悩んで前者を選ぶことにした。しかし今まで可愛がってきた愛車との名残惜しい別れに氏は寂寞の思いを抱かずにいられない。集中フランス語講座という勉強の日々が終わり、フランス現地でまた怒濤の勉強の日々が始まるまでの最後の時間を、どうしてロードバイクでの旅行というバカンスに使わずにいられようか。氏は次第にそう考えるようになった。そして日に日に高まって行く興奮を抑えながら、氏は丹念に四国の地図をチェックするようになっていった。他にすべきことがあるのに。

 

当初は高松から徳島方面(右回り)に一周するルートであった。これは距離的にどんなに頑張っても一週間かかる。少なくとも夜は人里に泊まろうと思うのであれば。結果、氏の旅程は27日~9月2日の予定であった。なんらかのアクシデントがあって帰宅が遅れ飛行機に乗り遅れるという前代未聞の醜聞を晒さぬためにも、さすがに前々日までには帰ってきたいので、これが唯一の旅程だった。

しかしコトは上手く進まなかった。26日にフランス語講座を終え、28日まで氏は自宅軟禁を余儀なくされる。準備すべきことを残しすぎたのである。実に本末転倒である。「本末転倒とはこのことか…!」と思いながらも氏はいそいそと日用品を買い集め、部屋を片付け、衣類を選別し、図書を選別した。そしてもうロードバイクでの旅行などというそもそも無謀な所業を諦めかけていた28日の夕方、氏はふと思いつく。「高松から上に周るルートなら行けるんちゃうの?」パソコンでルートを調べる。…行ける。上を回るルートなら今晩出れば1日に帰ってこれる。しかし駄目だ。他にすべきことを残しすぎている。まだ全然荷造り終わってない。部屋も片付けてない。着いてから大学院で授業が始まるまでの流れも把握していない。ていうかお前まだフランスで住むとこも決まってないじゃないか…

 

そして2時間ほど準備と逡巡を繰り返すという悶々とした時間を過ごした後、ルートを最終チェックしながら氏は冒頭の台詞を発するのである。

 

決断してからの氏は早かった。

サイクルジャージというロードバイク専用の服と、歯ブラシやシャンプーなどの日用品、夜間着…など諸々を用意し始める。時刻は9時過ぎ、家から神戸港まではロードバイクで2時間ほどかかるから、余裕を持って深夜1時発のフェリーに乗るには10時くらいには出発したい。

準備をしていると仕事を終えた姉と母が帰ってくる。「一時間後に四国行くから」と告げると、理解に苦しんだ顔をする。無理もない。氏ですらあまり理解せず決断したのだから。

「あんた何に縛られてんの?」と姉が言う。もっともな意見である。「こんな夜遅くからやめときなさいよ」と母が言う。もっともな意見である。

氏は答える。「案ずるより産むが易しやで。物事には遡及的に分かることの方が多い。」氏は時折、人生の苦節を重ねた老賢が発するような深い言葉を全く深くない文脈で用いる。悪癖である。

 

「あ、そうそう」と言いながら氏はおもむろに電話をかけはじめる。相手は大学時代の友達と元バイト先の常連さんである。友達はUターン就職を選び福山からほど近い広島は府中の実家に住んでいる。常連さんは結婚し姫路の実家に住みながら自営業を開業し営んでいる。そう、お金のない氏は彼らの家に泊めてもらおうとしたのである。

友達に電話をかける。「30日に泊めてほしいねんけどどない?」「悪い。ちょっとその日は家いないんよな〜。」「(久しぶりに会うんだから家に帰ってこいよと思いつつ)へー、どこにおんの?」「仙台に出張なんよ。」…行けない。いくら氏が健脚ゆえにロードバイクでの旅行を試みているとはいえ、流石に仙台にまでは行けない。「そうか、全然問題ない。出張頑張ってくれ。」と言い電話を切りながら、氏の心は折れかけていた。予算がキツくなる。そしてなにより自分を待っている人がいるのといないのとでは、日中ペダルを漕ぐモチベーションが変わってくる。やっぱやめようかな…。そう思いながら元常連さんに電話をかける。「あのー、良ければ日曜日に家に泊めてほしいんですけど…」「ええで。」決行である。氏はストレッチを始めた。母はもはや観念したのか、おにぎりを握ってくれている。そしてそうこうしているうちに10時半近くになり、慌てて荷物をまとめ、ロードバイクの空気を入れ、氏はその場に居合わせた母と姉に告げる。

 

「ほな行ってくるわ〜」