ヴェネチア探訪:二日目
二日目は本当に街を歩き倒した。ヴェネチア・カーニバルは仮装コンテストとか、仮装した一団によるパレードとかもあるのだけれど、それ以外は自由に仮装して好きに街を練り歩けばいいカーニバルなようらしく、本当にそれぞれ好きに仮装している。そして僕も含めて溢れんばかりの観光客がその人たちを写真に撮っている。
- 仮装したり踊ったりする人々
- 仮装させられる子供(何かのCMで見たような写真やな)
それにしても誰が仮装しているのか。マスクくらいは多くの観光客もするけど、ガッツリ全身着飾るにはそれ相応の知識や準備が必要だろう。何人かに聞いたところによると地元の人と、毎年カーニバルのためにやってくる各地のブルジョワな人々らしい。なるほど、仮面と衣装の隙間から見える肌年齢や体格、身のこなしから察するに中年~初老の人が多い。そしてこの祭りの時期には、本家本元の仮装社交パーティが毎晩どこかで開かれているらしい。なんて怪しさ満点なパーティなんだ。実に潜り込んでみたかった。
ところで、ブルジョワな方々はおそらくヴェネチアにアパートや別荘を持っているらしい。それに気づいたのは、中心広場からほど近い海外高級ブランドの店が立ち並ぶ通りを見たときだった。それまでにもメイン通りでちらほら衣料品店や家具屋が土産屋と並んでいるのを目にしていて、「なんで購買層のメインが観光客の通りに家具屋とか服屋があるんやろ」と思っていたのだけど、なるほどこれはそういう人々が買いにくる店だったのだということにここで気がついた。僕からしてみれば、わざわざヴェネチアで(イタリアのブランドならともかく)フランスやアメリカの高級ブランドの家具や衣類を買う理由がよく分からなかったのだけど、彼らが自分のアパートを持っていてその部屋用のブランド店なのだとしたらその存在にも納得がいく。さらにこの通りを、これだけ街としての独自性・ブランド力を持つヴェネチアですらそのヴェネチアという文脈を離れたグローバルな高級ブランドというシンボルを志向してしまう現代の富裕層におけるメンタリティの現れと見るならば、それは現代社会における一つの示唆的な現象ではあるのかもしれない。まぁこれは推論と偏見の狭間のような話だ。
- 高級下着店。写真撮ってたら変な目で見られた。当然か。
ヴェネチアには生活臭さを感じさせるものがほとんどなかった。少なくとも、それらは観光客の目に触れる範囲には置かないようにされていた。スーパーマッケットも、二日間歩いて街の中心から少し離れた場所に小・中規模なものが2,3つあっただけだし、コインランドリーや不動産屋なんかもほとんど見当たらなかった。徹底されていると言えば徹底されているし、日常が見えないという意味では若干の薄気味悪さも感じた。車がないので運搬はリヤカーで行われていて、それが店の規模に影響しているのかもしれない、なので小さな雑料店は比較的たくさんあった。
- リヤカー
- このカーニバルの時期限定のお菓子らしいフリッテッレ。ラム酒が入っていて美味しい。
- 昼に食べたボロネーゼのニョッキ
ヴェネチアにおける日本人観光客の比率はおそらくだいぶ高い。日本語の看板を掲げる店も多くあったし、大学の選択外国語で日本語が人気だというレストランの店員さんの話は、それだけ実用性があるということの印でもあるだろう。
・街の注意書き:欧州五言語の次に日本語とは、今までどれだけの日本人が訪れて来たのだろうか*1。
*1:実際、ヴェネチアに訪れる国籍別観光客の中で日本人が占める割合は、4.7%と中国人と並んで第5位らしい(友達の卒論)。5年後くらいには中国語の看板も出来てそうだ。